3.『バニシングIN TURBO』 (“Grand Theft Auto1976

 

 ロン・ハワードは1972年にUSC(南カリフォルニア大学)映画学科に入学したものの、俳優業に追われて残念ながら2年目で中退。しかし演出を志す気持ちに揺らぎはなく、監督デビューのきっかけを手に入れようと、チャンスをうかがっていたが、ついにその日がやってくる。ハワード、弱冠23歳である。

 ロジャー・コーマン製作のカー・チェイス作品『レーシング・ブル』(チャック・グリフィス 1976)に出演し、好収益をあげたロン・ハワードは、もともとこの作品の出演には乗り気ではなかった。「カー・クラッシュ・シーンばかりのくだらない映画で、演技者にとってあまりいい仕事とはいえなかった」からだ。けれど、ハワードはB級映画の帝王として、コーマンが「チャンスをくれる人間だと言う評判はきいていた」[]

 ロジャー・コーマンは超低予算の娯楽作を連発し、高い収益率を確保する手法で知られる映画人である。確実な予算管理と厳密な撮影スケジュール管理を身上とするが、当然ながら本人自身がプロフェッショナルな撮影・編集技術と、超一流の演出力を身につけていることは言うまでもない。そして(新人なので監督料が安いというだけなのだが)、才能ある新人を起用することにも一流の才覚を持っていた。ロン・ハワードのみならず、コーマンの手元から巣立っていった映画監督は、マーティン・スコセッシ、フランシス・コッポラ、ジョナサン・デミ、ジェームズ・キャメロン、ジョン・セイルズ、ジョー・ダンテなどキラ星のような名前がずらりと並ぶ。

 さてハワードは、その乗り気でない『レーシング・ブル』の仕事を引き受けるにあたって、自分を監督デビューさせることを、出演の条件にする。そのときハワードは、父ランスと共同の脚本を一本書き上げていて、その演出機会を狙っていた。そこで自分の映画を作らせるなら、『レーシング・ブル』への出演もすると申し出たのだ。

 そこはさすがにコーマンも交渉巧者だ。彼はハワードが持ってきた脚本を拒否。しかし『レーシング・ブル』への出演を承諾するなら、別の脚本を書かせることを約束する。できがよければ、出演も兼ねることを条件に演出をやらせる。出演しない場合でも、第二班監督を任せると提案する。ただし、書かせるというその脚本は若者が逃亡する話であることが条件だとする。

 結果として、『レーシング・ブル』はロジャー・コーマン製作作品の中でも、かなりの好成績を残したという。そこでコーマンは、約束通りハワードに監督デビューの機会を与える。ただし要求した作品は、派手なカーチェイスを売り物とする、『レーシング・ブル』の姉妹作のような映画だった。

 そこで生まれたのが、『バニシング IN TURBO』である。この作品でハワードは主演も兼ねつつ、ついに念願の監督デビューを果たす。そして、脚本は父ランス・ハワードとの共同による。なお、編集を担当したのは、やはりコーマン門下のジョー・ダンテだった。

 

 『バニシング IN TURBO』は、後のロン・ハワードを早くもイメージさせる、何とも軽快で破綻のない作品である。たとえば、同じコーマン門下生の中でもジェームズ・キャメロンのデビューが『殺人魚フライング・キラー』であったり、フランシス・コッポラのデビューが『ディメンシャ13(死霊の住む館)』であったりといった、後に作る作品と引き比べると、どこかピンと来ない作品であることとは様子が違う。後のロン・ハワード作品同様に、笑いと恋愛要素がたっぷり施され、家族全員が右往左往して、スペクタクル要素もほどよく盛り込まれた、ライトなホームコメディ。それまでの俳優としてのイメージも、後の監督としてのイメージも、どちらも裏切らぬ幸福なデビューだったと言えるだろう。

 さて、コーマンが与えた、派手なカー・チェイスの映画にせよという課題に対し、ロン・ハワードはどう答えたのか。

 それは、両親に結婚を反対された若いカップルが、駆け落ちするために車でラスベガスへと向かうという物語だった。しかしその結婚を阻止するために、ヒロインの両親、嫉妬にかられたその許婚、欲に目がくらんだ賞金稼ぎの部外者たち、そしてマスコミ、といった面々が、カップルをひたすらに追い回すという口実で、節操のないまでに派手なカー・チェイスにしようじゃないか、というプロットを組み立てた。

 だから筋立ては単純である。ヒロインのポーラ(ナンシー・モーガン)は、市長選も狙う大富豪の娘。そんなポーラには結婚を誓った恋人サム(ロン・ハワード)がいるが、父親としては、そんなどこの馬の骨ともわからぬ若造に娘をやるわけにはいかない。

 何より、彼女には資産家のぼんくら息子コリンズ(ポール・リンク)と、政略的な結婚をさせるよう、もう決めてあるのだ。頭に来たポーラとサムは直ちに駆け落ち。ラスベガスで2人だけの結婚式をあげようと、大富豪の娘らしくなんとロールスロイスで逃亡する。

 あわてたポーラの両親は、探偵チームに追跡を依頼。さらに、2人の駆け落ちを知ったぼんくら息子コリンズは、高額懸賞金をかけて彼らを追う(ポルシェがあっという間に大破する)。ぼんくら息子の無茶を知った母親が、さらに倍の懸賞金をかけて息子を追う。そして、懸賞金につられた無関係の連中がこぞって彼らを追いまわす。さらにさらに、そんな様子を中継しようと、ついにはラジオ放送局のヘリまで追いかけ始めて、とうとう収拾がつかなくなっていく! そんな、破天荒ながらも最高に楽しいアクション・コメディである。

 それぞれに個性的な登場人物たちが、最初から最後まで車を走らせ続けるという内容に注目するならば、両親の反対を押して結婚式を挙げるという、この映画のテーマを、あこがれのブロンド美女を見つけ出す、というテーマに入れ替えさえすれば、これはなるほど『アメリカン・グラフィティ』のバリエーションなんだということがわかるだろう。

 さらにいえば、『バニシング IN TURBO』で、逃亡するカップルの様子を逐一放送する、やかましいラジオDJの存在は、『アメリカン・グラフィティ』の伝説のラジオDJ、ウルフマン・ジャックを直ちに連想できるはずだ。

 レース・マニアのジョージ・ルーカスの衣鉢を継ぐロン・ハワードが、その処女作にカー・チェイスの映画を持ってくるのは、なかなか興味深いし、ルーカスがプロデュースを務める『ウィロー』最大の見せ場のひとつが、馬車でのチェイス・シーンであること。そして、もう一つは、『バックマン家の人々』のぐうたらな若者を演じるキアヌ・リーブスがやはりレース狂で、ラストの一挿話が彼のカー・レースのシーンだったことを見ると、ハワードもまたレースにとり憑かれた映画作家の1人だといえる。

 そして、もう一つ興味深いことは、『バニシング IN TURBO』が、スティーブン・スピルバーグの劇場デビュー作『続・激突!カージャック』(1973)の、幸福なバリエーションにもなっている点だ。

 『続・激突! カージャック』は、育てる資格なしとして裁判所から子供の養育権を奪われた若い夫婦が、里親から自分の子供を奪い返す旅を描くロード・ムービーである。

 ここでは、服役中の夫(ウィリアム・アザートン)の面会にやってきた妻(ゴールディ・ホーン)が、子供を取り戻すためであると、夫に脱獄をせまる。気のすすまぬ夫だったが、強引な妻に負けて刑務所を脱走。車を奪って逃走する。その過程で夫婦は、不本意ながら警官を誘拐し、パトカーをジャックすることになり、共に逃亡の旅をすることになる。

 結果的に『続・激突! カージャック』では、警官の誘拐とパトカーの盗難をしたことから、事件は急展開を迎え、警察の追跡がエスカレートする。何十台ものパトカーが夫婦を追いはじめ、さらには彼らを野次馬が追い、スクープを求めてさらにマスコミが追い回す、収拾のつかぬ逃走劇になっていく。この構図も、やはり『バニシング IN TURBO』の設定と類似しており、終盤では逃走する夫婦(恋人)たちに、世間の同情が集まっていくという点でも一致している。

 このようにロン・ハワードのデビューが、70年代後半以後のアメリカ映画を牽引する、ルーカスとスピルバーグのデビュー作と同じ構造を持っていることには、偶然とはいえちょっとした驚きを感じる。

 もちろん『バニシング IN TURBO』は、『アメリカン・グラフィティ』とも『続・激突!カージャック』とも、最終的な展開も、そもそものテーマも異なっている。しかし基本的な構造が等しいという事実は、吉田喜重の言葉を借りれば、「映画」がそれを作らせているのであり[]、その後のハリウッドを担う、才能ある監督に対して「映画」が呼びかけた結果だとしか言いようのない現象ではないだろうか。

 

 それにしても、主演も兼ねる俳優としてのロン・ハワードは、相変わらず人がよさそうだという以外には、没個性とさえいえる優等生的な若者を演じている。残念ながらやはり、このスター性のなさは、俳優として80年代以後も続けていくのは難しかったろうと思わざるを得ない。

それについては、恋人役のナンシー・モーガンも同様だ。健康的でかわいらしいが、どうもオーラがない。だからそれをカバーするために、ガッツはあるが、から回ってばかりの警官や、彼女を追い回す資産家のボンクラ息子、そしてその母親、または懸賞金で大量の聖書が買える! と言って彼らを追い回す俗物宣教師などの、すさまじいオーバーアクトによる、コメディ演技がこの映画を支えるだろう。後述するが、こうしたロン・ハワードの手癖ともいうべき、人物設定のありかたは、後の『ラブIN ニューヨーク』、『スプラッシュ』でも変奏される。

とくにボンクラ息子の母親役を演じたマリオン・ロスは、なりふりかまわぬ壮絶な演技を見せてくれる。スカートを見苦しくたくしあげながら走ったり、拳骨で殴り殴られと、とにかく大奮闘だ。ちなみに、ロスはロン・ハワード少年時代のTVシリーズ『ハッピー・デイズ』の主要キャストの1人である。

このように、まわりの人物を面白く、個性の強いキャラクターで埋めていくという設定は、アンサンブル・プレイの面白さにつながっていく。つまり、観客にとっては次第にこのカップルの行方など、どうでもよくなってきて(なぜなら、ラストでは挙式に成功するに決まっているから)、この映画の観客の興味の中心は、カップル以外の脇役たちが、どれだけクレイジーな演技で笑わせてくれるかという一点にかかっていくということだ。

というのも、この作品においては、主役のカップル2人が何か面白いことをしたり言ったりするわけではなく、彼らの行動に反応して、周囲が勝手に暴走し、勝手に自滅していくことで、笑いが生まれているからだ。それはちょうど、ワーナーの人気アニメ、ルーニー・チューンの中の、ロード・ランナーとコヨーテとの関係に似ている。コヨーテがロード・ランナーをつかまえようと、細工を凝らすのに対して、肝心のロード・ランナーはどこ吹く風で、ただひたすらに走るだけ。で、コヨーテは自分が作った仕掛けに勝手にはまって、勝手に自滅するという構成なわけだ。

こうしたタッチをいやでも連想させるのは、ワーナーアニメの熱狂的なファンで知られるジョー・ダンテ[]が、編集を担当していることと無関係ではないだろう。ジョー・ダンテは、スティーブン・スピルバーグ製作のもとで『グレムリン』(1984)をヒットさせた後、B級映画への愛にあふれた傑作、『マチネー/土曜の午後はキッスではじまる』(1993)や、ついにワーナーアニメへの愛を結実させた、アニメと実写の合成による念願の作品『ルーニー・チューンズ/バック・イン・アクション』(2003)を撮る。

ワーナー・アニメならば、コヨーテ一匹が勝手に自滅するのだが、『バニシング IN TURBO』では、大量の登場人物がめいめい勝手に自滅する。すなわちコヨーテ一匹が一匹のロードランナーを追う、といった、もともと単線的かつ直線的な物語フォーマットから、一組のカップルを集団で追う構成にした。すなわち集団化、アンサンブル化を施したということだ。そんなところに、今でこそ群像劇を得意とする、後のロン・ハワードに通じるタッチを早くも見る思いがする。

 

この映画を集約すると、家族の中の誰かが逸脱した行動を起こして、その行動に対して家族中が右往左往するという、ロン・ハワード作品の基本設定が早くも完成していることに注目したい。そして、その逸脱が最終的に、円満家庭に収まっていく過程を描くという意味において、間違えようもなくロン・ハワードの映画になっている。

そして、当初はヒロインが自分の本心を知らせるために利用するなど、邪魔にはならない存在だったはずのマスコミが、彼らの異常ともいえるしつこい追跡に、やがて愛想をつかす。こうした見せ方には、後述する、ハワードのマスコミに対する、愛憎半ばする思いが表現されており、その総決算が、後の『身代金』、『エドTV』となるはずだ。

そして、同じく後述するハワード的記号の極致である、水へのダイブもご丁寧に描かれていることとあわせて、処女作にすべてがある、ということの見本のような作品である。

次から次へと車が破壊される、遠慮と節度のなさこそすさまじいが、過剰なお色気も、もちろんバイオレンスも(コーマン作品だというのに)皆無のこの映画は、そのため非常にスマートな印象を与える。

おかげで、この陽気なポップコーン・ムービーは、わずか602千ドルの予算に対して、結局1500万ドルを稼ぐ大ヒットとなった。さらにテレビ放映権料として、CBSに110万ドル[]で売れ、ハワードもコーマンもおおいに満足できる結果となった。

撮影前にコーマンはハワードに言ったという。「予算はすくなく状況は厳しい。だが、きみがこの映画でほんとうにいい仕事をすれば、二度とわたしのところで働く必要などなくなる」[]。実際にその通りになったのだった。

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【注釈】

[]  ロジャー・コーマン/ジム・ジェローム『私はいかにハリウッドで100本の映画をつくり、しかも10セントも損をしなかったか―ロジャー・コーマン自伝』(石上三登志/菅野彰子・訳 早川書房 1992P.318 その他、撮影に至るまでの経緯も本書を参照した。

 

[]  ポレポレ東中野で開催された、吉田喜重全作品の連続上映会『吉田喜重 映像の倫理2006』、200624日『樹氷のよろめき』上映後の、吉田喜重と青山真治のトークショーにおける、吉田喜重の言葉より。このとき吉田はこの言葉に続けて、「映画が私達に作らせている。映画が呼びかける声が聞こえなければ、映画監督ではない」と述べている。

 

[]  ジョー・ダンテのワーナー・アニメに対するマニアックぶりと、そのこだわりがどのように映画に反映され、どのように作品を作ってきたかは、町山智浩『ブレードランナーの未来世紀』(洋泉社 2005)に詳しい。

 

[]  数字の参照元はBeverly Gray Ron HowardFrom Mayberry to the Moon・・・and Beyond” (Rutledge Hill Press 2003) P.73 を参照した。

 

[]  コーマン/ジェローム 前掲書 P.321