アジア農民共に生きる会会報

Association of Asian Farmers for Cooperative Living (AFCoL)

有機農業によってアジアの農民の自立に協力しよう

                        発行:2002年11月  第3号

新しいスタート
戸松 正
 9月18日から小嶋とマレーシア・インドネシアに渡航した。
 マレーシアでは有機認証制度が導入されるということで、私に日本の問題や現状などを講演してくれないかという話があった。クアラルンプールにマレーシア の農民20人程度が集まり、今後について若干のアドバイスをしてきた。
 この後スマトラに渡り、昨年6月から協力関係にあったR.D.A(Rural Development Action)のウェスリー氏と会い、ビザの問題など話し合った結果、今後関わることが困難になった。
 そのような訳で今までの関係を解消し、私たちは新しい道に進むことになった。
 インドネシア最大の野菜産地、東南アジアでも有数の野菜大産地、スマトラのブラスタギ。
 標高1300~1400mの緩傾斜の連なる肥沃で広大な場所である。ここで栽培された野菜は島内消費はもちろん、ジャワ島、マレーシア、シンガポールに も輸出されてきた。
 しかし、シンガポールでは数ヶ月前からスマトラの野菜を輸入しなくなった。スマトラ最大の都市メダン。メダンのレストランもタイから野菜を輸入し始めて いる。
 数年前に、初めてスマトラを訪れたとき、私はこの野菜産地に魅了された。R.D.Aと関わりを持ちながらもいつかはブラスタギでという心に灯火があっ た。R.D.Aとの関係がくずれ、私の心の火が燃え始めた。
 今回の訪問でブラスタギの農業試験場に私たちの農場を持つことになった。事務所、家も試験場から提供(有料)されることになり、ビザも約束された。この 地で活動する5年間の協定書も交わすことができた。
 幸い9月28日、インドネシアの農業大臣が試験場を訪れ、圃場説明しながら理解もいただいた。
 小嶋は10月17日一時帰国し、11月早々から活動を開始する。私も12月には再渡航する計画である。
 まずは試作から始め、有機栽培の適性品種を探し、農場内で増産、この段階までに最低2~3年はかかるだろう。メドが立ち始めた段階で普及活動を始めたい と考えている。その間、帰農志塾的な、研修生の受け入れも行う。
 今までの帰農志塾と異なる点は、農民への普及の重視と可能ならば農民の参加する農民のための農協の育成を考えている。
 ブラスタギの一つの灯火が日本の有機農業や帰農運動のように東南アジアに広がることを夢見て。

新たなる挑戦
 浜田 倍男
 ビナガ村RDAとの協力関係を継続しながら、新たなProjectとしてブラスタギに直営の有機農場を開設することとなった。いわば、帰農志塾スマト ラ、 ブランチである。農業生産技術に関しては、私は何も心配していない。それらは全てこれまで我々が永年つちかってきた経験と技術をもってすればすべて解決可 能なものであろう。
 我々にとって困難の要因は農業生産の外部にある。
 今回、スマトラの歴史、文化、経済、宗教etc,統べてに精通した鈴鹿君が新たに理事として参加していただけたことはまことに心強いものがあります。
 戸松君は物凄いエネルギーをもった機関車ですが、直線のレ-ル上しか走れないので時として暴走列車になりかねませんが、其の時には、鈴鹿君の適切なアド バイスにより軌道修正もしなければなりません。それにより脱線、転覆の事故は回避できるでしょう。
 ともあれ、機関車は出発進行だ、線路の向こうは地平の彼方だが夢と希望は満載にして
                  
ブラスタギでの活動再開にあたって
 小嶋 英嗣

 温帯野菜の大産地、ブラスタギ。RDAの農業トレーニングセンターのあるビナガ村とメダンを行き来するために幾度となく通りすぎていた町、時には日本へ の連絡のために村から足を運んだ町だ。象徴的なシバヤック山とシナブン山という二つの火山が町を挟み、この山へトレッキングに来る海外の旅行者も多い。標 高が1400mほどと高く、日差しが強い。日中動いてもあまり汗をかくこともなく、日が暮れれば半袖で出歩くには寒い。ビナガ村では気持ちの良かった水浴 びも、ここでは少しの決心が要る。
 この町にある国営の農業試験場での活動再開。先の1ヶ月の滞在中に1.5反程の面積で行った試験栽培の結果は概ね良好である。温帯野菜の栽培に適した気 象条件であり、交通の便も良く、肥料材料として利用可能なものやその入手先については以前の経験を踏まえて少しはわかっており、栽培上の大体の問題はすぐ にクリアーされる必要がある。気象データを入手し、土壌分析の結果が出、栽培に適した環境作りのための情報はそろっている。長年、農薬・化学肥料を多投し てきた圃場であり、ある種の病気や害虫の多発、またその地域に特有の害虫などによる困難が生じることは十分に予想されるが、できるものを生産しながら対策 を講じていかなければならない。それから、生産面では以前も問題だった肥料原料にかかるコストを、周辺で入手可能なものを見つけ、生かし、どうやって下げ ていくかということも、早く解決すべき事としてある。
 試験場からは最終的に3haの用地が提供されることになっており、そのうちの約1haは現在の作付けが終わり次第順次使用できるようになっている。この 中で、作物の選定や不耕起栽培の取り組みなどの試験を行いながら、マーケットを考慮した作付けを行い、農場の運営に少しずつでも充てていけるようにする必 要がある。現在農場で活動にあたるスタッフとして、私のほかに、今回の件でお世話になっている鈴鹿氏と長年仕事をしてきたギンティン氏がいる。彼とよく話 をしながら現地の状況を踏まえ、良い方法を探していきたい。
 試験場の中で仕事をしていると、どうしても地域の農民の姿が見えにくい部分がある。その中でも小規模な農民であればあるほどそこにある距離は大きい。こ の周辺での人々の暮らし、農民の暮らしの実状がどうなのか。いつも頭の中において機会を見て関わりを持ち、理解していければと思う。そして、最終的に周辺 に対してどのように広がりを持たせていけるか。試験場、ギンティン氏、これから関っていく研修生、それからこれまでの滞在で関わりを持った人たち、RDA のトレーニングセンター。様々な人のつながりを大事に、良い方向を探っていければと思う。
                  
協定書をめぐって
戸松 正
 マレーシアで有機認証制度が導入されようとしている。知人から日本の認証制度の問題などについて話してもらえないかということで、9月18日スマトラに 行 く前に立ち寄った。
9月20日スマトラに行き、試験場内に準備されていた畑に堆肥とボカシを入れ、40品種の試験区を作り、多くの野菜の種を播いた。その間試験場の場長、副 場長と今後のことについて話し合い、おおよその合意を得、協定書を作ると共に、小嶋の安全保障についての警察への提示の書類にもサインしてもらった。
 協定書の合意についての最大の難問は将来、利益が出れば7:3で分けようという話が場長から出た時であった。私はそれに対し大きな利益が出るはずも無 く、 農地の地代としての支払いを提示したが拒否された。
 翌日再度話し合いを持ち、この問題に対峙した。私からの提案は将来農場の運営が軌道に乗り、インドネシア側で農場運営が可能になった時、私達が手を引く と 言うことで合意した。
大なり小なり、みんなお金と関わってくる。協定書の中に家の提供という話もあり、私達は当然、家1軒のつもりでいたが私の帰国後、相手側は2部屋と云って きており、小嶋も折衝に苦慮させられた。
今後は細かいことも含め、おたがいの信頼関係ができるまでは一つ一つ細かいことでもサインをもらっていく必要がある。
 大きな夢と大きな現実、この狭間をぬって一歩一歩前進したい。
 わずか10日のスマトラ訪問で試験区への種まき、協定書、大臣への挨拶などなどこれらのことが可能になったのは農大の一期後輩、鈴鹿君の存在の賜物であ る。彼はマレーシアで結婚し長年スマトラで仕事をし、数年前からブラスタギで農業を始めた。
 そんな彼がいたからこそ、矢継ぎ早に仕事を終了し、帰国が可能になった。ひとえに彼のおかげである。
                
ビザについて 
小嶋 英嗣
 
 長期滞在して活動するために必要とわかったKITTAS(キタス、Semi permanent)と呼ばれるビザ。このビザを取得してRDAに対して直接的な活動ができるように、多くの方々、団体と連絡を取って可能性を探ってきま した。日本だけでなくインドネシアの団体も含まれていますが、皆様から様々なアドバイスをいただき、そしてどの方も親身になってご協力くださり感謝の言葉 につきません。
 最終的にインドネシア政府の承認が必要となる以上、まだ政府の登録団体となっていないRDAに対する派遣としてKITTASを取得することはやはり難し く、また、国連ボランティアの一員としてRDAに派遣してもらうこともうまくいきませんでした。国連ボランティアの現地担当官は、RDAが県政府なりと協 力関係をもてれば可能性はあるといってくれていましたが、ウェスリー氏としてはそうすることによってRDAの活動が制限されてしまうことを心配し、県との 関係構築には時間をかけて慎重に当たりたいという考えがありました。
 今回の9月17日よりの渡航で、ブラスタギ市にある農業省下の農業試験場との協力関係を築くことができ、試験場との関係の中でビザも取得できる見込みと なりました。この試験場での活動再開ですが、RDAの農業トレーニングセンターとはバスで2時間半ほどの所で、今後もお互いに行き来することのできる距離 にあります。新たなスタートラインに立ち、できる中から協力し、よい方向にお互いが影響しあっていけるよう努力したいと思います。
会員の皆様

晩秋の候となりましたが、皆様におかれましてはその後お変わりなく、お元気にお過ごしのことと存じ上げます。
早いものでアジア農民共に生きる会を設立し、一年が経過しようとしております。
5月に小嶋君がビザ問題で帰国し、その後八方手を尽くし、別紙会報の如くブラスタギで独自の農場を設置することになりました。今までの他団体への協力とい うこと以上に大きな努力が必要になり、運営責任等も大きく生じてまいりますが、有機農業で培った方法でより積極的に取り組んでいく考えです。
基本的な方針として今まで帰農志塾が国内で研修生を受け入れてきた方法を踏襲しながら、研修生をブラスタギ近隣に卒業生として送り出し、その人達が5人 10人と増えていく段階で地域農民に有機農業を普及していく考えです。それらの人達を中心に有機的な関わりを持ちながら、現地に適した農業協同組合の育成 が最終段階として考えております。
未熟な私共ではありますが今後ともご支援をお願いする次第です。
なお一年を経過した段階で会員総会を考えておりましたが、方向展開が始まったばかりでもあり、一時延期し来年に総会を開く考えでおりますのでご了承くださ い。
又アジア農民共に生きる会の主な会員が戸松の友人知人で構成されており、遠隔地の方が非常に多くおります。そこで今後の総会の持ち方なども考慮し、下記の 如く会員を区分けいたしたく、どちらかを選択していていだければ幸いです。
皆様方には多大なご支援をいただきましたが運営資金も不足しておりなお一層のご協力を賜れれば幸いです。

会員の区分け
維持会員   総会に可能な限り参加でき、運営に関心のある方 
 会費 1口 10,000円
    普通会員   総会に参加困難であるが会活動に賛同いただける方
 会費 1口 10,000円
    団体会員   会費 1口 30,000円 
    学生会員   会費 1口  5,000円
    一時寄付   いくらでも結構です 

振込先    郵便振替口座
       口座番号: 00150-2-90689番
       口座名称: アジア農民共に生きる会
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