アジア農民共に生きる会会報

Association of Asian Farmers for Cooperative Living (AFCoL)

有機農業によってアジアの農民の自立に協力しよう

発行:2003年12月  第

 新年を迎えて
戸松 正
 農場を開設して1年、最初の数ヶ月は栽培に相当苦労させられた。その理由は試験場の農地が長年の農薬・化学肥料などにより汚 染されていて、その減少期間 と土作りに多少の時間がかかったということであろう。数ヶ月経過後、緑肥の導入と半不耕起栽培によって栽培は順調に進み始めている。また、貧しいインドネ シアの農民でも可能な、機械を使わない方法や、投入有機物を最小限にする半不耕起の小投入型有機農業の方向が自然治癒力による土壌の正常化にも役立ってい ると思われる。
 今年の最大の問題はVISA問題であった。これも独自で取得することによって多少のお金は必要になったが最低限の問題はクリアした。この問題も完全な解 決ではないのでまた何か起こるかもしれないというのが正直な話である。
 今年の課題はいかに生産物を価値ある食べ物として販売することができるかということである。インドネシア人でも運営可能な自立農場建設の為には、収支を 最低限プラスマイナスゼロにしたい。
 次に提携団体として考えていた試験場がお互いに対等の付き合いの相手として事業を進めるということは困難であるということがわかった。この活動を続け、 インドネシア人に委ねられるようにするには提携団体とよきパートナーとなる人材との巡り合いが大切である。
 1年を経過し、ありがたいことは現在の研修生が徐々に力をつけ始めているということである。今後次の研修生を探すと同時に彼らの独立へ向けていかに協力 するかというむずかしさのなかで面白い方向が見え隠れし始めた。彼らは非常に若く情熱もある。彼らが農業によって自立が可能になり始めた頃、スマトラでの 有機農業普及への一歩となるであろう。  
  
       〈緑肥の開花状況〉

一年を振り返って
屋後 浩幸
 ボカシ肥を作り、種を播き、除草をする。日本で学んだ有機農業の技術に現地の現状に適している不耕起栽培や敷草の活用といった 技術を導入して、月日が たったら、いつの間にか10数品目の野菜ができるようになっていた。この1年間の野菜作りを振り返ると、そんな感じです。農業に関する経験があまりなかっ た自分がこの一年で、こんなにも野菜が作れるようになったのは、畑仕事に精を出し、毎日勉強をしたから、ではなくて、ここブラスタギが年中平均気温19℃ 前後で降雨も十分あり、土壌も肥沃といった農業に適している環境にあるからだと思います。
 例えば、野菜作りで大切な種まきの日にち(播種日)は、毎月10日は人参、15日は絹さやといった具合で、毎月同じ日に同じ作物の種を播いています。一 年中いつ播種しても、または作業が重なって日時がずれても栽培上問題ありません。日本では夜中でも気を使う苗の管理も1日1回水をかけておくだけ。苗が徒 長しすぎることや枯れてしまうことも少ないです。たとえ枯れてしまっても、すぐ新しい種を播けば良いだけのことですが。                   
また種採り(自家採種)も行っていて、作物によっては第四世代までこの一年で更新することができました。現在、畑では日本の有機農業では考えられない光景 が広がっています。絹さやの横にミニトマトが成り、その隣にサツマイモが収穫の時期を迎え、さらに白菜が実っている、といった、日本の春夏秋冬がごちゃ混 ぜになった季節感のない眺めになっています。
 このように農業に携わる者にとって楽園のような環境の中、わずか一年で多くの野菜を作れるようになりました。おかげで野菜作りは簡単だ、と日本で農業を 始めた時、苦労するだろう危ない自負心も得ることができました。

〈敷きわら不耕起農法によるボカシの追肥〉

 野菜作りの順風と比べ、野菜の販路はまだ思うようには行っていません。有機農業のプロモーションをおこないに、様々な所に顔を出し、理解を示してくれる 人や店を探していますが、良い縁に巡り合っていません。未だ、食べ物の安全性に関心を持っている人は少なく、農薬を使っていない野菜は殺菌されておらず、 人体に害があると考えている人もいました。
 この活動は、現地農場の運営自立を基にして、研修生の独立、農民として自立するよう考えています。栽培技術が確立できたからそれを普及させて終わりでは なく、それによってできた野菜をいかにして売って生活を成り立たせるか。研修生が独立後、有機農業で生きていくためには販路を含めたより多角的な協力活動 が不可欠です
 販路開拓は、自分の努力だけではどうしようもない運も働くと思います。楽観的に前向きに前途を見つめていきたいと思います。

      〈屋後とスタッフのヘリ〉

インドネシアでの有機農業普及にむけて
サストラワン カバン
 一年前、ブラスタギに有機野菜の農場が開かれる事を聞きました。その時、インドネシアにはほとんど有機農家はい ませんでした。農場を見て、私は興味を持 ち、幾つかの疑問をもちました。
1.    インドネシアで有機農業は可能か?
2.    有機農業で生活できるのか?
 この農場で数ヶ月勉強した今、ここでも有機農業は可能だとわかりました。そして、有機野菜は体に良いことを知りました。
 インドネシアの消費者のほとんどが虫や虫食いのない野菜を選んでいます。見た目のきれいな野菜は農薬の害を持っています。一方、化学物質や農薬を使って いない野菜は健康です。また、味もよりおいしいです。インドネシアの多くの人は、未だ農薬を使わない野菜の本当の質について気がついていません。
 現在いろいろなところで有機野菜のプロモーションを行っています。また、化学物質が人体にどのような影響を与えるかを伝えています。しかしまだその反応 は良くありません。
 多くの人が有機野菜を欲しがっていません。値段が高いことも敬遠されている理由の一つのようです。有機農法では、収穫が必ずしも確実ではないので、どう しても値段が高くなってしまいます。そして、食卓の安全の為、何種類もの野菜を常に作り続けていかなくてはなりません。
 多くの農民も有機農業は技術的に難しく、また生活を成り立たせるのも困難と考えています。しかし私は有機農業は人間にとって大切だと思います。それは、 化学物質によって人体に悪影響が出て、昔と比べて人間の寿命が短くなると思っているからです。食べ物による人体への危険性を多くの人が知る必要があると思 います。
 この農場で研修が済んだ後、安全で健康な有機野菜を一人でも多くの人に食べてもらえるような農民になりたいと思います。

〈野菜の病気について〜近隣農家の圃場にて〜〉

そして、、、2年が過ぎた
浜田 倍男
 私は、今小さなヨットを作っている。
間もなく完成するが、つぎには太平洋も横断できるようなヨットを2年ぐらいのうちに建造したいとかんがえている。ヨットの経験は全く無いのにである。然 も、私は、今年還暦をむかえてしまっている。無謀な夢だろうか?海無しの栃木県の山中にて、ブルーベリーの栽培を生業とする百姓爺の考えとしてはあまりに も荒唐無稽であろうか? かの風船叔父さんはいかにも無謀であったが、夢と信念を私は共有することができる。夢の実現に必要なのは、正確でしかも適切な設 計図なのだ。    
ひるがえって、”共に生きる会”のこれまでの2年間の活動を見ると、迷走の2年間であったような気がする。2年経っても、現地での活動の基本であるビザの 問題は未だにはっきりしてこないし、我々が現地で有機農産物を販売することができるのかどうかも判らない。けれども、我々の設計図は少しずつではあるが、 おぼろげながらもその輪郭をあらわしつつある、と言うの現状であろう。
 もとより設計図は他者より与えられるものでもなければ、我々が、我々の手で現地の社会と交わりながら図面を作り上げていかなくてはならないのだから、時 間のかかるのは致し方無しと、会員の皆様方には今しばらくの御寛容をお願いいたします。
数年後には、私は太平洋横断に成功し、”生きる会”はインドネシアでの活動で多大なる成果をあげていることを夢見て信念を持って生きてゆきたいと考えてい ます。              

一時帰国
戸松 正
 8月15日、屋後が帰国した。試験場や知人を通じ、住居と就労の為のVISAを現地で取ることに努力していたが、困難になっ た。警察も度々試験場に来る ようになり、これ以上の滞在は危険と感じたからである。
 帰国前に独自にVISA申請をし、取得までの間の一時避難である。待つこと2ヶ月、やっとVISA取得の為の書類を入手し、屋後はまた笑顔で出発した。
 農場は大部、草で覆われていたようであるが、3人の若い研修生達が何とか守っていてくれた。
彼らとは古いメンバーでもわずか半年余りのつき合いでの帰国。いなくなっていても仕方のないような状況でもあった。彼らは少ない量ではあるが毎週野菜を出 荷してくれていた。
 新規に農場を開設した最初の年、2ヶ月の帰国は数か月分の遅れになる。それでもなんとか新年までに元の状況位にはできるだろう。
 タイで技術協力をしている老農谷口先生のことを思い出す。氏は60歳にしてタイの農村に渡り、土地入手などでタイ人にだまされたりもしながら、農場を 7〜8回変え、山岳民族のために努力されている。
 我々は農場を1回変え、VISAというトラブルに翻弄されたが、小さなNGOにはやむを得ないことであったろう。今後もいろいろ予期せぬトラブルが多々 あるだろう。
                
自己紹介させていただきます
―理事に就任してー
伊藤 達男
 昨年の4月から茨城県里美村で、有機農業を営んでいます。20年程前に帰農志塾で数年農業をした経験がある程度で、新米の5反 百姓(畑3.5反・水田 1.5反・鶏10羽)というところです。借地借家で農業ができる所を探していた時に、帰農志塾との不思議な縁(卒塾した布施さんが5年程前に里美村に定住 していて、空き家を探す手助けをしてくれた)で当地に住むようになりました。
 日本に落ち着く前は、日本国際ボランティアセンター(JVC)というNGO(非政府組織)で、エチオピアで3年半そしてベトナムで8年間、農村復興・開 発 プロジェクトの農業・農村開発担当スタッフとして働いていました。JVCはタイへ流出してきたインドシナ難民を救援するボランティアによって、1980年 に設立された現場でできた国際協力NGOです。現場での実践を重視する半面、議論好きで理屈っぽいスタッフも多く、いつも活発な話し合いがなされていま す。例えば、「NGOの役割とは?」・「どうしてベトナムで活動するのか?」・「そのプロジェクトは続けるべきか?」。そして簡単には答えが出ない「なぜ 国際協力するのか?」・「そのプロジェクトにはどんな意味があるのか?」というような根本的な問いかけなどなど、「なぜなぜ問答」が繰り返されることにな ります。いい加減うんざりしますが、現場に立って考えることの大切さを学んだような気がします。
 ところでNGOの非政府とは、反政府でも親政府でもありません。時に対立しながら時に協力しなが、国際協力を担っています。ODA(政府開発援助)が もっ ぱら相手国の中央政府を通じて供与されるのに対して、NGOは草の根レベルの人々と直接的に活動するところに特徴があります。そこではプロジェクトの対象 者である住民参加ということが課題になります。住民と話し合い何が問題かを明らかにする中で、取り組まなければならない課題が整理されてきます。押し付け ではうまくいきません。またバイアス(偏向)は行動を誤らせるので、現地の人々から謙虚に学ぶことが大切となります。
 私たちは新しい技術や住民参加型開発手法などを現地に伝える役柄でありたいと考えていますが、現地側のパートナーは、ノウハウの伝達者よりも資金の運び 屋 としての役割を私たちに期待します。しばしば摩擦が発生します。また池に石を投げ入れると静かな水面に波紋が広がるように新しい農業技術が普及するという ことはありません。いくつもの予期せぬ障害が発生します。多くの困難に直面し成果が現われにくいと、砂地に水を撒くような徒労感に襲われることがありま す。国際協力は文化の違いや言葉の壁を乗り越えて行なわれますが、このような困難は特別なことではないでしょう。異文化といえども相違点よりも共通点の方 がはるかに多いのですが、違いばかりが気になるようになると注意する必要がありそうです。
 しばしば「よその国を助ける余裕があるか」と聞かれます。その問いにどう答えるのか難しいところです。しかし私たちは貧しい国々の資源を利用して豊かな 生 活をしているというのも確かです。世界はつながっていることを実感し、国際協力が身近になるように活動をしたいと思っています。最近NGO活動や国際協力 に対する若者の関心は高まっていますが、農業や農村についての基礎的なノウハウがないまま農村開発に携わるケースが多いようです。そこで私は国際協力や農 村開発に関心がある大学生や青年海外協力隊・NGO志願者などを受け入れたいと考えています。
 私の15年程の協力隊やNGOの経験がどの程度役立つか分りませんが、「アジア農民共に生きる会」の活動に参加させていただくことになりました。よろし く お願いいたします。
               

 〈見学者への育苗の説明〉   

大統領選挙
屋後 浩幸
来年の大統領選挙といえばアメリカと思う人が多いでしょう。インドネシアに滞在している自分にとっては、来秋行わ れる大統領選挙の行方も気になります。政 情が必ずしも安定していないこの国では、前回選挙の時、かなりの混乱が起きたようです。現在の大統領メガワティ氏は、この国初代大統領スカルノ氏の娘で す。当初はその血筋に期待する人も多かったが、現在その人気はかなり落ちているようです。その親米路線もイラク戦争の影響などにより、世界最多のイスラム 国家の国民には嫌がられています。メガワティ氏は、来年の選挙にも立候補する予定で、その対抗馬になりそうなのがアミンライス氏です。イスラム学者出身で ある彼は、イラクのサダム・フセイン前大統領やイランのハタミ大統領とも縁があり、その路線は反米的であると見られています。彼が選ばれた場合、反米、イ スラム色の濃い国家運営が考えられます。
 現在アチェでは、独立を求める紛争が続いています。アンボン、イリアンジャヤといった地域でも独立を求める運動が起こっています。東チモールの独立から 始まった多民族国家インドネシアの崩壊の危機が強まる中、アミンライス氏当選の場合、反米・イスラム主義による国家再結束の政策を実行するかもしれませ ん。しかし他方、少数派であるキリスト教徒、仏教徒、ヒンズー教徒、また裕福な中国系住民への圧力も考えられます。それが、新たなインドネシア分裂の可能 性をもっていることも否定できません。
 独立問題の起こっているアチェには、石油資源が、またイリアンジャヤには、世界有数の金と銅の鉱山があります。メガワティ大統領現政権下でそれら豊富な 天然資源の恩恵を受けているのはアメリカです。反米・イスラム政権の誕生は、中東以外ではエネルギーの供給源の確保に奔走しているアメリカにとっては好ま しくないでしょう。
 国内外に多くの火種を抱え、来秋大統領選挙が行われます。結果によってはインドネシア国内の混乱と、体制の一新があるでしょう。そこに、アメリカなど先 進諸国によるインドネシア内の各民族の独立・民主化支援を建前にした介入とその裏にあるエネルギー利権死守への動きが事態を一層複雑にするかもしれませ ん。
 アメリカ国民が誰を選び、インドネシア国民が誰を選ぶのか。日本人である自分も注目しています。

            
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