メ ン バ ー 紹 介



   代 表 戸松 正・眞智子
塾 長  戸松 正行
      戸松 礼菜

* * * スタッフ * * *

森川 俊宏
 (2011.8〜)
今年4月に塾生からスタッフになりました。

* * * 塾 生 * * *

秋元 まどか (2014.8〜)

渡辺 大樹 (2015.2〜)

田中 元基 (2015.4〜)

浜中 陽平 (2015.4〜)

* * * 今年の卒塾生 * * *

寺門 美穂 (2012.4〜2015.1)

吾郷 篤史 (2013.4〜2015.2)

小野 秀晃 (2014.4〜2015.10)
 
 
 卒塾生のページ 
過去3年に卒塾した塾生達の文集もあります★

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                  メンバー 自己紹介  

森川 俊宏 (2011.8〜)

 はじめまして、森川俊宏と申します。塾に入るまでろくな運動の経験のない自分にとって、猛暑の中での畑仕事はとても大変でした。要領が悪く、不器用で体力のない自分には、みんなの作業にはとても付いていけず、悔しい思いを何度もしています。
 気がついたら2ヶ月がたってしまいました。まだまだ体力などみんなに到底及ばず、もっともっと努力が必要だと思いますが、入塾当初に比べて自分が変化してきていることを実感できて嬉しく思っています。
 大学を卒業してから7年システムエンジニアとして働きましたが、ただただ、毎日忙しく、追われるように仕事をこなしていくだけの日々に疑問を感じていました。リーマンショックで仕事が激減した際、自分の仕事に対する姿勢について何度も指摘され、自分がこの仕事に一生をかけて向き合う仕事なのか、将来自分がどうなっていきたいのかというビジョンが持てず、非常に悩んでいました。数ヶ月悩みながら仕事を続けていましたが、部署の異動をさせてもらいました。大きな案件ではありませんでしたが、スケジュールが厳しい現場を担当することになりました。ただ忙しい毎日が戻ってきましたが、悶々とした気持ちはどんどん強くなっていました。しばらくすると強烈なめまいが日に何度も、何日も続けて襲われ、しばらく休職することにしました。
 なにをやってもうまく続けることができず、焦りばかりが募る日々でしたが、塾と出会い、戸松さんや塾生のみんなの話を聞き、希望と強い情熱に感銘を受け、入塾することを決断しました。
 頼りない部分が多いですが、一歩ずつ進歩していきますので、どうかよろしくお願いします。
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小野 秀晃

 はじめまして、5月に入塾した小野秀晃と申します。九州、福岡県小郡市というところから来ました。体を動かすこと、食べることが好きで、力士を7年間していました。力士の時にたまたま無農薬栽培をしている農家の方と交流があり、体と食べ物の関係や健康の大切さを教えていただきました。
 その方からは、無農薬栽培の野菜、米、お酒等を差し入れしていただくことがあり、その度にただ美味しいだけでなく、食べることで体調が良くなる体験をし、強く農業、特に無農薬栽培に興味を持ちました。
 力士引退後は農業の道へ進むつもりでいましたが、周りの反対に押され料理の道へ進むことになりました。しかし、本来したいことの道から外れてしまっている仕事に情熱があるはずもなく、1年半で見切りをつけて農業の世界に飛び込みました。農業で料理をした経験を少しでも活かそうと加工品の種類が多い酪農を頑張っていこうと思い、北海道の牧場に就職しました。牧場では主に仔牛の哺乳、育成牛・乾乳牛の世話、管理を担当しました。しばらく牧場で働くうちにあることに気がつきました。牛が乳を出すためには、妊娠して仔牛を産まなければいけません。乳量をおいかけるうちに、生まれてくる仔牛の数が、仔牛用の牛舎の収容頭数を超えてしますことがあります。その結果、餌を食べることが出来ない仔牛が餓死したり、病気になって死ぬ仔牛が続出しました。「経営上しょうがない」といっても納得できないところがあり、体調を崩したのを機に退職。帰郷し、体調をよくするために休養しました。
 その時に自分自身を見つめ直し「理由がどうであれ人生のすべてが中途半端になっている、農業をやるにしても加工品の種類が多いという理由で無農薬栽培から遠ざかり、その前は無農薬栽培と料理を天秤にかけて、将来収入が多くなるであろう料理をとったりと、結局お金ありきで自分の道を選んでしまっていたのではないか。その考えは牧場の「経営上しょうがない」と同じ考えで、本物・本質から遠ざかっているのではないか」と考えるようになりました。
 収入がどうこうよりも、生きがい、哲学を持って日々仕事からエネルギーをもらいながら生きたいと強く思い、農業に興味を持つきっかけになった無農薬栽培の農業を生涯の仕事にしようと決意しました。
 体調を治す間に無農薬栽培が研修できるところを探し、志を同じくした人たちが集まる帰農志塾を見つけ、入塾しました。
 まだここに来て2週間と少しで先輩塾生の方々に一つ一つ仕事を教えていただきながら日々学んでいます。
 至らないところも多々あると思いますが、よろしくお願いします。

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秋元 まどか

 昨年の8月に入塾した秋元まどかと申します。埼玉県熊谷市出身です。
 農業をやろうと思った理由は、一言で言えば「好きだから」です。小さいころから外で遊ぶのが大好きで、泥団子を作ったり、虫を捕まえたり…植物と、生物との触れ合いが好きでした。祖父が自家用にお米や野菜を作っていたので、田畑が身近にありました。その頃の影響が大きいと思います。農業に興味はありましたが、同年代で農業をやりたいという人なんてどこにもいない、農業は衰退している産業、年配の人がやるもの、農家は家業を継ぐもの、食べていくのは難しい、という印象をうえつけられていたため、進路を決めるとき、そこに踏み出そうとは思いませんでした。室内での仕事は絶対にできない、外で体を動かす仕事がしたいと思い、横浜の造園会社に就職し4年間勤めました。造園会社では主に営業、監督をしました。営業なんて一番向いていないと思っていましたが、やってみると意外と楽しく、最初は失敗して怒られてばかりでしたが、経験を重ねるごとにとてもやりがいを感じて仕事をしていました。しかし、やりたかった植木の剪定作業は協力会社に依頼するようになったのでほとんどやらせてもらえませんでした。また、勤務時間が長く、家では寝るだけの生活、食事を作る余裕などなく、ファーストフード店、コンビニ等で3食済ませていました。そうしたことからのストレスもあり、ずっとここにいていいのか、一生続けたいと思う仕事ではないと思うようになりました。そんな時、友人に誘われ新農業人フェアという新規就農したい人向けのイベントに参加し、帰農志塾に出会いました。たくさん受け入れ先がありましたが、帰農志塾は、有畜複合で有機野菜を約80種類も作っていることを知り、大変そうだけど一番学べそうだなと思いました。また、イベントに来ていた塾生の吾郷さんと、昨年卒塾した綿部さんの話を聞いて、夢をもって、一生懸命取り組んでいるのがすごく伝わってきました。その時に、漠然と農業したいと思っていた気持ちが、具体的に将来農業をやっている姿が想像できたので、決心しました。
 入塾してみて、塾でちゃんとやっていけるか、体力的なところが特に不安でしたが、同じ女性の寺門さんはバリバリ働いているし、外で身体を動かして仕事をするのはとても気持ちがいいです。何よりおなかをすかせた状態でおいしいご飯が毎日食べられることが幸せです。入塾してすぐに鶏舎の担当になり、配送は烏山担当になりました。失敗して反省することも多いですが、慣れてきたら自分で提案し行動していけるようになりたいです。
 好きで始めた農業ですが、塾にいると食に関心を持っている人ばかり集まるので、色々なお話が聞く機会が多いです。食べ物が今の自分を作っているという食の大切さに改めて気づかされます。将来は以前の自分のように、仕事が忙しくて外食ばかりの人、健康な食事をすることの大切さに気付いていない人にも、おいしい野菜を作ることによって伝えたいと思います。

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渡邉 大樹

 はじめまして、2月より入塾しています。渡邉大樹(わたなべ だいじゅ)と申します。
 神奈川県川崎市という完全な都会生まれ、都会暮らしの生活をしていた者です。
前職は化学系の技術・研究員の仕事をしていました。そんな私が何故、帰農を志したのかをお話したいと思います。
 食の安全≠ェ叫ばれて久しく、また農の自給率≠あげることを叫ばれてから久しい年月がたっています。食は命なり━口から入る食物は、命をいただくものだと、気がついてから数年が経ちました。
 私がそのようなことに思いを巡らすきっかけとなったのは、近年の社会情勢の動乱です。2008年リーマンショック、2011年東日本大震災、福島原発問題などは、特に自分の根底を揺さぶられる出来事でした。
 本当にこのまま都会で、化学薬品で環境を汚染させながら研究員を続けてよいのかと、自問自答する日々が続きました。答えを得ようと情報を求め、化学薬品の複合汚染、食べ物と人間の健康などについて様々な見識を書物やインターネットを通じて得る事ができました。
 まず食生活の見直しから始まり、添加物に気を遣い、玄米菜食を取り入れた結果、花粉症の改善など自分の身体に良い傾向が現れました。「あぁ、やはり食べることは、自分の健康を創っていくことに繋がるのだと」…遅まきながら、気がつきました。
 その後、「自分には何故、食物を育てる技術(スキル)がないのであろう? どう考えてもそれはおかしいのではないか? 生きていくには、農は必要な技術ではなかろうかと?」という焦りにも似た気持ちが湧きあがりました。
 そして自宅の小さな庭で、トマト・ピーマン・きゅうり・大豆・ゴーヤなどを無農薬で作り始めるうち、自分にとってこれを仕事にできないものかという思いが芽生えてきました。
 近年、TPPの参加表明や農業担い手の高齢化に、日本人として大変な危機感を感じています。安い農製品によって国民の健康にはどんな被害が顕在するのであろうか? 今まで以上に安全安心な食材が入手しにくくなるのではないかと? 自問自答した結果、私が今後に向かう道は、自然環境と調和、資源循環が可能である、無農薬・無化学肥料の有機栽培による野菜作りおよび販売ではないであろうかと思います。40才を目前に、より真剣に農を職にして、生活を立てられないかを検討しております。今後、塾の皆と協力して、安全でおいしい野菜を供給できるようにがんばりますので、会員の皆様、いたらない事がありましたら、ご指導の程よろしくお願い致します。

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田中 元基

 はじめまして。4月に入塾しました、田中元基(たなか げんき)と申します。
 埼玉生まれですが物心ついてからはほとんど群馬で過ごしました。
 私は、3月まで東京農業大学の学生で害虫についての研究をしていました。大学ではアメリカンフットボール部に所属し毎日練習し、夜勤でバイトしたり、卒論で眠れなかったりと大学生らしい大学生活を送っていました。
 そんな私がなぜ有機農業を学ぼうと思ったかというと、理由としてまず一つは母親が農薬に対して抵抗があり、無農薬野菜を食べるようにしていたため、無農薬で作る野菜に対して興味を持つ機会が多かったからです。もう一つは、幼少の頃から虫が大好きで虫捕りをよくしていたのですが、慣行農法を行う畑や水田がまわりに出来てしまったことで、虫の数が大幅に減ってしまったことを実感し、人間の都合で動物の住処を奪うのは絶対におかしいと思い、自分が農業をやるなら自然を大切にし身体にいいものを作りたいと思ったからです。
 私が帰農志塾に初めて来たのは実は2年前で、卒論の実験圃場として一部畑をお借りして虫の調査をしていました。何回かここに来る中で有機農業だけでなく帰農志塾にも興味がでていい機会だったのでここに来ることに決めました。
 まだ新人で分からないことも多く会員の皆さんにも迷惑をかけることもあるかもしれませんが、これから頑張っていきたいと思っているので応援よろしくお願いします。


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