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メンバー紹介


イメージキャラクター もむちゃん(18歳)
籾村(もむら)のもむちゃんです。
籾村は山の上に田んぼがあるので、もむちゃんの頭は田んぼです。
雲海が田んぼの下にあるのでもむちゃんの手は雲です。
籾村セーフティーライス倶楽部のイメージキャラクタです。この会発足してもう18年も経過したのですね。右写真は平成9年頃の写真です。皆若かったです。


私たちの主張

・農薬化学肥料の開発による食糧の安定供給は国民の悲願だった。
戦後、農業の生産技術は飛躍的に向上し、米の反収高位安定が達成されています。これは化学肥料、農薬の開発普及が大きな成果だと思っています。昔から、ずっと、昭和40年代の半ばに米自給率が100%を越えるまで、米は常に不足した状況が続いており、今日のような米余り現象が生じたのは、長い目で見て日本の歴史の中ではごく一部の期間だと思っています。
 化学肥料農薬が万能だとは思いません。近年は持続的農業生産、環境保全型農業の推進に国が重い腰を上げつつありますが、やはり農業の使命は国民に安定的な食糧を供給する事だと思いますので、化学肥料農薬を完全に否定することは出来ませんし、否定すると、食糧の需給に、国民生活に大きな影響が及ぶと思います。

・これからの農業の生き残りの方向(低コストと高付加価値
今の農業の方向は、低コスト生産と高付加価値生産の二極分化の時だと思います。条件が有利な所では、徹底した低コスト生産をすすめるのがいいと思います。一方条件不利地域では、地域の特性を生かした高付加価値生産を行うべきだと思います。いずれにせよ、それぞれの地域の特性に応じて、米作りの方法は様々だと思います。私達が、平地の農業生産基盤の良い所に住んでいたら、ひょっとして今のような取り組みは行わず、大規模な水田農業を行っているかもしれません。
 私の今の取り組みの根幹にあるものは、郷土愛、地域づくりです。

・会を作った経緯---ふるさとを守るため
 私たちの地域は山村で、今65才以上の高齢化率は50%位になっています。そうした中で、田んぼの担い手が次第にいなくなり、耕作放棄された田んぼも目立つようになってきました。田んぼが荒れることは地域が荒れることにつながります。私は、これを最も恐れています。私たちの地域は田んぼとともに歩んだ地域です。平野部に比べて地形条件が悪い中、明治から昭和の初めにかけて、先祖達が苦労して作った田んぼやため池が荒れることは地域の景観そのものが荒れることです。誰しも生まれ故郷は好きです。私も大好きですし離れたくありません。こうした中で、地域の稲作をより楽しくやって、田んぼを守り、ふるさとを守ろうと私たちの会は結成されました。

・農業者の意識の変革を-----農業者はもっと能動的に
 私の家は、代々百姓の家でした。私が小学校の頃までは父も母も家にいて、田を耕し、牛を飼って生計を立てていました。昭和45年頃から、世にいう高度経済成長期を迎え、従来自給自足で生活していたわが家でも、生活のため現金が必要になるようになりました。米の値段は他の物価と比較して相対的に安くなり、仕方なく私の両親は、日雇で道路工事作業員をして、私を大学まで行かせてくれました。そんな苦労の中から、「百姓では食っていけん。米作りはえらいけんおまえらはせんでもええ」と言い聞かされきました。ずっと私たちの一世代前の農家の人はそう思っていました。だから、今では私たちの地域で米作りをしている若者は少なくなってしまいました。私の小学校時代の同級生のほとんどが、米作りは儲からないしんどいものだという先入観を子供の時から植え付けられてしまっていますし、高校大学に行き、サラリーマンになると、都会へみんな出てしまい、田んぼには目もくれなくなってしまいました。
 私は、米作りが楽しくないのなら、楽しくなるようにすればいいのに。どうしたら楽しい米作りが出来るんだろうか、ずっとそんなことを思っていました。確かに私たちの地域は普通の田んぼと比べて一目瞭然、田んぼは小さいし、不整形で、のり面の草刈りは大変だし、田んぼの水利も天水とため池で常に水不足で、米作りは決して楽な場所ではありません。
 百姓は儲からん、米は安いという前に、何か方法はないんだろうかと思いましたが、そもそも、米は奈良時代から、税金として、年貢として国に納めて来ました。昭和17年には戦時下体制の中で、食糧管理法が制定され、米の流通は国の一元管理となりました。そうした中で、農民は米は国に供出するもので、他に売ることは闇米としてタブー視されるという意識が植え付けられてしまいました。私たちより上の世代の人は皆そう思っていると思います。だから私たちの世代で意識を変える必要があると思ったところです。

・消費者とのお互いの信頼関係が一番
 そもそも不思議の思ったのは、「自分たちが汗水たらして働いて作った米は誰が食べているのだろうか?」と口に出す人が少ないのです。これが私たちの会のはじまりです。
 ちょうど、食糧管理法が廃止され、米を作る自由、売る自由が初めて明確化された新食糧法が制定され、私たちは活動を本格的に始めることが出来ました。
 今は、全国的に米が生産過剰で生産者にとっては厳しい状況にあります。しかし、私の持論は、米は日本が始まって以来、約2,660年の内、つい最近今から25年前から、初めて余っただけです。地球規模では食糧は不足しています。北朝鮮の例もあるし、平成5年のこともあるし、米作りをする人が減っていけば、田んぼは荒れて、いつの日にかは日本でも食糧が不足する日が来るのではないかと思っています。だからこそ、私たちは消費者との顔が見え、責任とやりがいのもてる米作りを進めて、地域の若者が(あまりいませんが)少しでも米作りに興味がもてるように、また、自分たちも楽しく米作りが出来るように、籾村セーフティーライス倶楽部として活動をしているわけです。
 今、環境問題、安全な食べも、有機農業など言われています。私たちはその前に自分たちの地域の維持が大切です。もちろん最上流部の分水嶺にいるので、下流への汚染防止は考えていますが、それ以上に地域がたいせつです。地域を守るため、米作りを楽しくやるにはどうしたらいいか、その行き着いたところが、消費者の声が直接聞こえる顔の見える米流通、信頼関係に基づいた有機栽培米の生産流通です。「籾村セーフティーライス倶楽部の皆さんが作った米だから、安心して美味しく食べられる」の声で、米作りに生き甲斐がもてます。




だんだんに皆年をとって来ましたが、経験だけは重ねて来ました。これからがんばりますのでよろしくです。


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