2007年05月02日

雑感・最近思ったこと、感じたこと…(07/4/30)改訂版

●人間の否、生き物の「死」について考えた。
私はよく会社のスタッフに昔話を話す。ガキの頃、いかに無鉄砲な荒れ方をしていたか、カミソリやナイフを平気で振り回していた小中学校の頃の話。大学時代、覚えたての空手を試したくて悪友の家高康彦とつるんでケンカ三昧の毎日を送った話。
福昌堂時代、仕事柄多くの「格闘家」「武術家」と関わり合いを持たざるを得なくなり、結局その多くがインチキ野郎で、またそんなヤツに限って私に絡んできた話…。
聞いてる人間には、それが時に武勇伝に聞こえ、そしてそれが英雄譚になったり、逆に顰蹙・侮蔑感を与える事もある。私は空手の世界では末席の末席を汚すだけの半端者でしかなく、だから強がりを言いたくもないし、自己宣伝をするつもりもない。ただ、根が開けっぴろげな人間故、実際に経験した事は何でも軽く口にしてしまう。

確かにバカばかりやっていた時期はある。だが…、考えてみればこれまで私は多くの友人・知人を喪った。ケンカに巻き込まれて背中を十字に刻まれて死んだR、不良からそのままヤクザになり、抗争の中で殺されたY先輩。シャブ中毒になって自ら自損事故で亡くなったK…。
今でも私は家高とよく言う。
「本当に俺たちはよく生き延びてこられたものだ…」

不慮の事故や望まぬ病で命を落とした友人もいる。大学受験時代、私は3人の友人を自殺で失った。1人とは「明日、S女子高の文化祭に行こうな!」と約束していた。なのに彼はその日の夜、首を吊った。
今は物騒な世の中だ。タチの悪い若者や常識知らずの不良、チンピラ崩れ、不法入国者犯罪組織…。いつトラブルやアクシデントに巻き込まれてもおかしくない時代だ。だからこそ、私は思う。たかが若気の至りとはいえ、かつて他人を傷つけて平気どころか「勲章」くらいにしか考えていなかった自分の過去を心底、恥なければならないと。
芦原英幸が言った。
「うちには事故で後ろ足を無くした犬がいるんよ。血まみれになって道端にうずくまっていたその犬を、娘が可哀想だといって抱えて帰ってきた。今は元気になったけん、前足だけで走るんよ。こんな犬を見ていると、ワシも若い頃随分、無茶やったけん、今更ながら悔やまれるんよ」
うちにも今年で13歳になる甲斐犬・エルがいる。エルは老犬にもかかわらず、散歩が好きで一生懸命に私の漕ぐ自転車の後を走ってついてくる。昔のようには走れない。それでも必死に走り続ける。そんなエルの姿を見ていると、思わず涙が込み上げてくる事も少なくない。
命は尊い。
命以上に尊いものはない。
私にとって、勿論私自身の命は何よりも大切だ。だが、私の命よりも尊いものがある。それが大志の命であり、塚本佳子の命と尊厳だ。
私は大志と塚本の為ならば躊躇わず死ぬ。常にそう覚悟しながら生きている。私の「夢」をこの2人ならば必ず叶えてくれると信じているからだ。そして、私は彼らを心から愛している。
先日、私の周囲でちょっとしたアクシデントがあった。
改めて、私は命の尊さを肌で感じた…。



●最近、やたらと疲れる事が多い。花粉症の時期はあまりトレーニングをしない事にしている。だからこの1カ月、私は不精をかこっている。出社も週に1度程度だ。だが何故か生活のリズムが狂いっぱなしなのだ。一晩中起きていて、翌日の昼過ぎに寝る事もしょっちゅうだ。しかし、中に仕事が入れば寝ても寝ていなくても出て行かなくてはならない。
会社のトラブルは若干落ち着いたものの、小さな問題は常時起きる。全て塚本が対処してくれるが、たまには私が会議やミーティングを仕切らなくてはならない時がある。私は元々、空手の後遺症で酷い腰痛持ちだ。普段はベッドにゴロゴロして過ごしている。ところが出社した日には、半日ずっとテーブルに向かって椅子に腰掛けていなければならない時もある。
家に帰れば体中が痛い。ダルい。頭が痛い。タバコの吸いすぎで喉が痛い。勿論、食欲などない。しかし…、朝から何にも食べていないような日には何か食べなくてはいけないと思う。食欲はないが空腹なのだ。
そんな時、小島家には定番がある。富山名物・タージマハールのブラックカシミールカレーである。勿論、私の住まいは東京だ。出前もテイクアウトも出来る訳がない。だから必然的にレトルトという事になる。私はそもそもレトルト食品が大の苦手だ。いかに高級なカレーやスープでも、独特のレトルト臭がたまらない。
しかし、タージマハールのカレーだけは例外だ。殆どレトルト臭がない。最近は小島流のアレンジを加える事を覚えた。

以下は2人前
ヽ兩擇蠅離檗璽を強火で炒め、擦ったニンニクと絡める(チューブ入りニンニクでも可)。火を止める前に軽く塩をふり酒を小匙1杯入れてフランベする。
↓,縫譽肇襯箸離屮薀奪カシミールカレーを3人前入れて中火でコトコト温める。
J未棒犬龍未佑をスライスして軽く水にさらす。
す鼎瓩某罎い燭竿咾豊△離レーをかける。
キのオニオンスライスをお好みでカレーにまぶしながら食べる。

超辛い! 恐ろしく激辛カレーではあるが、何故か気がつくと完食してしまう。まさに漢方薬、薬膳である。大沢食堂の「極辛カレー」のように、ただひたすら辛いだけのカレーではない。食べた翌日に体調を壊すカレーではない。むしろ、食後には胃腸がスーッとして体調がよくなる。元気になる。
先日も深夜、疲れ果てて息子と帰宅した私はベッドに倒れ込んだまま動けなくなった。すでに午前2時である。気がつくと息子が私の代わりに小島家流ブラックカシミールカレーを作ってくれた。死んでいた全身の細胞が甦るのを実感した。
富山タージマハールのブラックカシミールカレーは「魔法」の栄養食である。



●先日、とっても悔しい事があった。厳密に言えば私と塚本にとって大きな挫折感を味わわせる出来事があった。
最初は何故? と当惑した。次にどん底に突き落とされる失望感に見舞われた。「どん底」とは書いたが、私には落ちていく底さえ見えない気がした。私はその想いを塚本と共有したいと思った。彼女だって、私同様の気持ちを抱いているのはよく分かったからだ。
だが、塚本は強かった。
「私だってショックだった。会社なんか行くの止めようかと思ったくらいだもん。でも、いつまでも落ち込んでいてもしょうがないでしょ。気持ちを入れ替えるしかないのよ」
そうではないのだ。彼女は私が底なし沼に落ち込んでいる間、必死に夢現舎を守ろうとしてくれているのだ。そんな健気な塚本が力強いと思うと同時に、とてつもなくいとおしく思えた。
私は言った。
「今は徹底的に落ち込んでいいんだよ。会社なんか行かなくていい。おまえが行かないからといって会社が潰れるならば全然構わない。それよりも今は何もかも捨てて、やる気なんかねえよ! って落ち込む方が大切なんだ。俺たちはマジで命を削る思いで『大山倍達正伝』を書き上げた。もう、これ以上は出来ないというくらいに頑張った。でも、あの時は『俺たちはメジャーに行くんだ』というモチベーションだけで頑張れた。でも今、俺たちには何がある? そりゃあプロだから、やるべき仕事はやる。だけど、そんな義務感だけじゃあ『正伝』を超えるものなんて書ける訳ないじゃん。つまんないもの書いて、またマイナーに落ちるんならば書かない方がいいんだ。少なくとも俺たちは今、挫折感に打ちひしがれている。気持ちがドロップしている。そんな時は、『気持ちを入れ替える』なんて綺麗事言わずにトコトン落ちた方がいいんだ。おまえが俺の代わりに頑張ってくれているのはよく分かる。だけど俺たちは一心同体じゃないか。頑張んなくていいよ」
塚本は黙って聞いていた。私は続けた。
「俺たちは弱くない。いくら底なし沼に落ちても必ず底はある。真っ暗で汚ねえ底にうずくまっているのが必ず嫌になるよ。絶対に這いだしたいと思う。そん時に、『絶対に今回のオトシマエはつけさせてもらう!』『テメーら、必ず這いつくばらせてやる!』って怒りの気持ちがメラメラ燃えてくるハズだって! その怒りの気持ちが本気で燃えてくるのを待つんだよ。『大山倍達正伝』を書いた時のモチベーションを上回るエネルギーはマイナスから生まれる怒りしかないんだよ。俺たちは、その怒りのエネルギーで最高の『大山倍達の遺言』を書くんだ。怒りが燃えるまでは落ち込み抜けばいいんだ」
翌日、塚本は会社を休んだ。仕事を放り出した。
だが…、やはり私の立ち直りは早い。まるでガソリンのように私の心に怒りの炎がメラメラと燃えだした。翌週、塚本は私にボソッと言った。
「それにしても、立ち直りが早すぎる…」
悔しい事は山ほどある。いくら「大山倍達正伝」が名著と言われ、各メディアの絶賛を浴びようが、いくら本が売れようが、私たちが踏み入れたメジャーの世界では、所詮マイナー上がりの田舎者程度にしか扱われないのだ。
空手、格闘技なんて、未だ市民権すら与えられていないのだ。たとえ「大山倍達」でさえ、「将棋の大山名人?」くらいの認識しか持たれない。悲しいくらいマイナーで、不良少年かオタクやマニアの世界に過ぎないのだ。
だからといって私たちはケツまくって逃げるつもりはない。確かに空手・格闘技界はクズやゴミの吹き溜まりのような世界ではあるが、この世界でケジメをつけてメジャーの連中に認めさせるしかないのだ。
「必ずオトシマエはつけさせてもらおうや」
そうしたら、こんな世界とは一刻も早くおさらばしよう(夢現舎としては今後も関係していくだろうが、物書きとしてはもうまっぴらの世界だ)。
私と塚本は「怒り」に燃えながら誓い合った。

samurai_mugen at 19:29 │clip!単発コラム